書籍として出版します。
アコーディオンという因果な楽器を選んでしまった。
物事全てのスタートは、好む好まざるに関わらず、
ある程度レールが敷かれるもの。
しかしその道がある時フっと途切れてしまう。
僕にはそこで選択の時が訪れた。
道を作るか、作らないかという苦い選択だった。
しかしそのお陰で喜びを学ぶことになった。
誰もやったことがないことに挑むのは楽しいことだ。
自分が作り出すことがスタンダードになる。
それが確固たる個性とクオリティを持っていれば、
時が過ぎても時代の波に飲み込まれ、砂塵と化すことはない。
それは未知の国を旅することに似ている。
その旅の途中で、何度も道を誤り、遠回りし、挫折し、
もうダメかとも思った。
でも何とか立ち上がる度に不思議と道は開け、
思いもよらぬ出逢いが生まれた。
砂漠の真ん中で息も絶え絶えな時、
そんな時こそ真価が問われる。
日本を始め、世界のあちこちで僕の曲を演奏してくれる
人々がいる。
アコーディオンで、ピアノで、電子オルガンで、
クラリネットで、ヴァイオリンで、歌で…
僕がやり続けていること、作り続けているものが
人々の心を打ち、共鳴してもらえることは、
何にも代え難い喜びと感ずる。
自分は子供の頃から何かを信じ続けて来たのだと思う。
そんなことを冷静に振り返り、
言葉にしてみたい。
その言葉達がまた皆さんの力になれば。
喜びに繫がれば…と思う。
カタール、ドーハにて
世の中コラボレーションの時代。
聴く側も、遣る側もコラボばかりだ。
コラボレーションは
素晴らしい現象、行為だ。
それはある必然性から魔法のように生まれる。
ある時、ふとある人のことを思う。
やがて時が満ちて、それを相手に伝えることになる。
伝えられた方は、どんな状態であれ悪い気はしないものだ。
互いがとてもラッキーであれは、
諸々の条件をクリアして何らかの機会が訪れる。
コラボレーションが成功し、互いが互いを
必要なことを実感する。
そして、そのマリアージュは長続きするものだ。
マリアージュを成功させるには、
いわゆる健全な動機と思い入れが必要。
互いを愛し、尊敬する心と態度が必要だ。
コラボとは、まるで恋愛のようなものだから。
しかし昨今のアーティストの
コラボレーション企画はどうだろう。
さまざまな理由からアーティストを
1人では売りづらくなって、グループ売りする
「おトク感」丸出しのえげつない企画を見ると、
嫌悪感を憶える。
お客さまにとって「おトク感」満載に見える
こういうコラボ企画は、しかし同時に音楽業界の
更なる価格崩壊を引き起こし、
アートそのものの質の低下を招きかねないと感ずる。
一過性の企画で必然性を感じないままコラボをし、
もう二度とその人と機会が訪れないのは、悲しい。
「そんな難しいことを言わず、
楽しくコラボすればいいじゃん」
と言われるのはやまやまだけれど、
プロモーター側もアーティスト側も、
コラボレーションという行為について
もうひとつ掘り下げて考えてみることが
必要な時期に来ているのではないか。
僕らは何かを生み出すために
コラボレーションするのだから。
そんなわけで、生み出すコラボは
今まで通り続けて行きたい。
反面、
ここまでコラボが流行っているので、
僕はソロをやります。
カタール、ドーハにて
「旅する少年 stay gold」
「僕のエレキュート」
「groovy accordion night tour 2006 in Europe」
「Boy」
「super mania coba」
