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公演情報
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■coba

出演:coba(acc)/天野清継(gt)/バカボン鈴木(bs)/天倉正敬(drs)

2017/3/18(土)
宮崎 WEATHER KING (宮崎県)
[一般発売]
2016/11/19(土)10:00〜

2017/3/19(日)
鹿児島CAPARVOホール (鹿児島県)
[一般発売]
2016/11/19(土)10:00〜

2017/3/20(月・祝)
熊本B.9 V1 (熊本県)
[一般発売]
2016/11/19(土)10:00〜

2017/3/24(金)
大分DRUM Be-0 (大分県)
[一般発売]
2016/11/19(土)10:00〜

2017/3/25(土)
電気ビル みらいホール (福岡県)
[一般発売]
2016/11/19(土)10:00〜

2017/6/23(金)
cube garden (北海道)
[一般発売]
2016/10/30(日)10:00〜

2017/6/24(土)
小樽 GOLD STONE (北海道)
[一般発売]
2016/10/30(日)10:00〜

2017/7/1(土)
まつもと市民芸術館 小ホール (長野県)
[一般発売]
2017/2/25(土)10:00〜

2017/8/22(火)
秋田県児童会館こども劇場 (秋田県)
[一般発売]
2017/4/22(土)10:00〜

2017/8/23(水)
北上市文化交流センター さくらホール 大ホール (岩手県)
[一般発売]
2017/4/22(土)10:00〜

2017/8/25(金)
七ヶ浜国際村 (宮城県)
[一般発売]
2017/4/22(土)10:00〜

2017/8/27(日)
とうほう・みんなの文化センター 小ホール (福島県)
[一般発売]
2017/4/22(土)10:00〜

■音楽劇 大悪名 The Badboys Last Stand!

2017/5/6(土)
THEATRE 1010 (東京都)
[一般発売]
2017/2/4(土)10:00〜

2017/5/20(土)
栃木市栃木文化会館 大ホール (栃木県)
[一般発売]
2017/2/4(土)10:00〜

2017/5/24(水)
海老名市文化会館 大ホール (神奈川県)
[一般発売]
2017/2/4(土)10:00〜

2017/5/27(土)
八王子市芸術文化会館 いちょうホール 大ホール (東京都)
[一般発売]
2017/2/4(土)10:00〜

2017/5/31(水)
千葉市若葉文化ホール (千葉県)
[一般発売]
2017/2/4(土)10:00〜

2017/6/7(水)〜18(日)
東京芸術劇場 プレイハウス (東京都)
[一般発売]
2017/3/4(土)10:00〜

演出/マキノノゾミ
音楽/coba
振付/南流石
「悪名/原作:今東光 脚色:依田義賢」より
出演:沢田研二/南野陽子/いしのようこ/土居裕子/那海
茂山宗彦/野田晋市/若杉宏二/田中隆三/冨岡弘/有馬自由/すわ親治/蟷螂襲/片岡正二郎/森下じんせい/木下政治/細見大輔
東風万智子/松永玲子/小椋あずき/山口智恵/宴堂裕子/千田訓子/小飯塚貴世江/土田早苗(特別出演)/山崎イサオ/加納幸和
演奏:coba/柴山和彦/久保祐子/古川淑惠/熊谷太輔

■東儀秀樹×古澤巌×coba

2017/8/5(土)
身曾岐神社能楽殿 (山梨県)
[一般発売]
2017/4/22(土)10:00〜

2017/8/6(日)
森のホール21 大ホール (千葉県)
[一般発売]
2017/4/7(金)10:00〜

2017/9/3(日)
栃木県総合文化センターメインホール (栃木県)
[一般発売]
2017/6/4(日)10:00〜

2017/9/10(日)
NHK大阪ホール (大阪府)
[一般発売]
2017/5/27(土)10:00〜

2017/9/13(水)
愛知県芸術劇場大ホール (愛知県)
[一般発売]
2017/5/27(土)10:00〜

2017/9/16(土)
相模女子大学グリーンホール 大ホール (神奈川県)
[一般発売]
2017/4/7(金)10:00〜

2017/9/23(土・祝)
Bunkamura オーチャードホール (東京都)
[一般発売]
2017/4/22(土)10:00〜

2017/10/15(日)
ベイシア文化ホール(群馬県民会館)大ホール (群馬県)
[一般発売]
2017/6/4(日)10:00〜

2017/10/28(土)
よこすか芸術劇場 (神奈川県)
[一般発売]
2017/4/7(金)10:00〜


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CD/DVD情報
New!
mondo_coba_jacket.jpg「MONDO coba」
【CD album】
2012.1.25
2枚組全20曲
AVCD-38402〜3
ココロ燃える音がある!
20年目のcoba、解禁。

「旅する少年 stay gold」
【CD album】
2010.11.10
BOSC-0002
このアルバムを持って
旅に出よう!

「僕のエレキュート」
【CD album】
2008.11.12
BOSC-0001
エレガントでキュート
アコーディオンが可愛くしみる!

「groovy accordion night tour 2006 in Europe」
【DVD】
2007.3.07
VIBL-376
ヨーロッパを踊らせたcoba真骨頂のライヴ映像作品

「Boy」
【CD】
2006.10.25
VICL-62162
この男は一体どこまでやるのか!
まだ誰も聴いたことのない未来の音がここにある。

「super mania coba」
【best album】
now on sale
TOCT-26063-4
cobaはいつも新しすぎる!
デビュー15周年のスーパーベスト

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iTunesで試聴できます。
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コメントについて
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僕はこのナイトキャップでそれらの作品を演奏すべく、
自分のバッグの奥に当時の楽譜の幾つかを
密かに忍ばせていた…。

数々の思い出深い曲の中から、僕は『COMPLEX』
(コンプレックス)を選び、演奏することにした。
この曲は確か1988年頃に初演した、アコーディオン、
ヴァイオリン、ピアノ、コントラバスのカルテット用に
書いたものだ。
幸い今回この音楽祭に参加しているコントラバスの
吉野弘志さんとピアノのパネ君は初演のメンバーだ。
ヴァイオリンは豊島泰嗣さんにお願いした。
凄いメンバーだ。
いずれも我が国を代表する(いや、海外を捜したって
なかなかお目に掛かることなんてできない)天才達だ。

僕らは昼間、簡単なリハーサルを行った。
流石に凄いメンバー達は、演奏能力はもとより、
思考力、理解力の高さに目を見張るものがある。
作曲者側の意図を見事に掴んでいってくれる。
まさにかゆいところに手が届くっていうやつだ。
僅か1時間足らずの、あっという間に
『COMPLEX』の骨格は組み上がっていった。

いよいよ本番の時がやってきた。
様々な演奏家達による豪華絢爛な演奏が
次々に繰り広げられ、
僕のカルテットによる『COMPLEX』の番になった。
この曲は、その性格上、演奏によっての出来不出来が
くっきりと内容にまで現われてしまう。
他の出演者との時間の兼合いもあり、
僕らはインプロヴィゼーションの部分を
かなり短縮して演奏した。それでも多分演奏終了まで
10分以上はかかってしまっただろうか。

ともかく僕らは演奏を終了し、
聴衆からの暖かい拍手を戴いた。
お辞儀をしながら、僕には武満先生のリアクションの様子に
目をやる勇気など、とても無かった…。

楽屋に戻り、メンバー達の労をねぎらい、汗を拭う。
そして、ソファに腰掛けようとしたその瞬間に、
また腰にズキンという激痛が走った。
「痛っっう…。」
僕はソファに倒れ込むように横になった…。

「おい、小林君!大丈夫か!?」
「あ…ああ…。」
貧血と猛烈な吐き気が、また僕を襲ってきた…。
僕はトイレに駆け込み、また嘔吐した。

便器に向かってハアハア言いながら、
背中で息をしている僕を、再びあの妄想が支配する。
『なんでまたわざわざ昔の曲など演ったんだい?
 先生に聴いてほしい!なんていうのはお前の我が儘だろ。
 聴かされる方の身にもなってみろよ。10分以上も…。
 しかも、最初の部分…あまり旨く行かなかったよな。
 ああ、それから中間部でも何カ所かミスがあった。
 インプロだって、何か妙だったぜ。
 大体あの程度のリハで演ろうって思うこと自体
 大間違いだ。
 世間知らず!厚顔無恥!慢心の極みも良いところだ!
 武満先生の生きている世界はお前が思っているのとは
 違うんだぜ。
 もっともっと遥かに次元の高いところに居るんだよ。
 にもかかわらずお前のやったことと言ったら…。
 ただのオシツケ…。
 自我の押し売り…。
 あああ、恥ずかし〜。
 武満先生は、もうお前にすっかり愛想を
 尽かしてしまっただろうよ。』

トイレまでうっすらと聞こえてくる誰かの演奏を、
僕は実に苦い気持ちで聴きつつ、
苦しさとやるせなさの涙を流しながら…また吐いた…。
自己嫌悪が、僕をすっぽり呑み込んだ……。

暫くしてトイレからちっとも出て来ない僕を誰かが呼びに来た。
「小林さーん大丈夫ですかぁ?もうすぐフィナーレですよ。
 ステージの方へお願いしまーす。」
僕は這うようにして、なんとかステージへ向かった。

全ての出演者がステージ上に勢ぞろいしていた。
そして今回の企画オーガナイズを担当された、指揮者で
素晴らしいギタリストでもある佐藤紀雄さんから、
音楽祭無事終了の祝辞とお客さまへのお礼が述べられた。
そして最後に総合芸術監督であられる武満徹先生の
御挨拶の時となった。

下手の客席の最前列に座って、
全ての演奏を聴いておられた先生は、
ゆっくり立ち上がって、
ステージ上への階段を昇り始めた。
出演者、観客の全てが、
息を飲んで先生の一挙手一投足に注目し、
そのお言葉を待っていた…。
会場中が静まり返った。

すると、その時信じられないことが起こった!
先生はステージに上がると、
御挨拶用のマイクの方向にでは無く、
なんと…
僕の方に向かって歩いて来られたのだ!
僕は自分の目を疑った。

武満先生は飄々としたお顔で僕の所までおいでになり、
僕の両手をしっかり握ると、仰った。
「小林くん。君の、あの曲…。いいねぇ。」
物凄く感情のこもったお言葉だった。
「いいねぇ。」のところで、先生は僕の手をより強く、
ギューッと握って下さった。
そして、くるっときびすを返すと、マイクに向かい、
何ごとも無かったかのように御挨拶を始められた。

一瞬の出来事だった。
恐らく客席の皆さんには、
何が起こったのか解らなかったと思う。
でも、僕にははっきり伝わった。
先生からの強いメッセージ。
『お前の曲、良いじゃないか。頑張れよ、小林君。』
武満先生が僕の曲を褒めて下さった…。

まだ先生の手の温もりを自分の手の中に感じながら、
僕は全身に鳥肌が立つのを感じた。
まるで、いきなり唇を奪われた乙女のように、
僕の足はガクガク震えて、
頭の中は真っ白だった…。

この一言が、その後の僕の人生にどれだけ大きな力と自信を
与えたことだろう!
信じる人からの言葉がどれだけ重いかは、
それを貰ったことのある者で無ければ、永遠に解らない。

この夜の出来事を、恐らく僕は一生忘れないだろう。
  
  
翌年2月…、先生は逝ってしまわれた。
僕はそのニュースをオーストラリアの新聞で知った。
その日のライブ会場で、リハーサル中に
ビョークが僕に言った。
「You knew it, coba?」
直訳すると、
「貴方はそれを知っていたのね、coba?」
という、いきなりのこの言葉に、僕はちょっと訳が解らず、
「What do you mean by that?(何だよ、それ?)」
と、聞き返す。
「トールタケミツが亡くなったでしょう。」
「あ…ああ。」
「貴方は去年、もうそのことを知っていたんだわ。」
「え?」
「だから、どうしてもそのフェスティバルに参加したいと
 思ったんだわ。」
「あ、ああ…。」
「貴方は正しかったのよ。」
「…そう…か?」
「私も多分貴方と同じことをしたと思う。」
「ありがとう。ビョーク…。」

僕は彼女に、あの夜のステージ上でのことを
話そうかどうしようかちょっと迷って…
やっぱりやめた。
話してしまうと消えちゃいそうで、ちょっと恐かったんだ。

先生が亡くなって何年か経って、
奥様とお嬢様がお住まいになる武満先生の山荘に伺い、
その八ヶ岳での思い出をお二人にお話した。
すると奥様が僕に「これをお使いなさい。」と、
あるものを下さった。
イスに座る時、腰に当てて姿勢を矯正するクッションだった。
なんでも、先生も職業柄ずっと座り続けることが多く、
ひどい腰痛に絶えず悩まされておられたとのことだった。
「いえいえ!そんな大切な物を、とても頂戴するわけには
 いきません。」
と、遠慮する僕に、
「これは徹さん用だったけれど、もう使わないから…
 今度は、貴方が御自分の腰を守る為にお使いなさい。
 その方が役に立つんだから、徹さんも喜びます。」
何ともきっぱりとして優しい奥様のお言葉だった。

僕はこのクッションを自分の車の運転席で使わせて
頂くことにした。殆どの移動を車で行う僕にとって、
今やこのクッションは
無くてはならない存在だ。

武満徹さんの一言は、僕の人生に自信と勇気を与え、
武満徹さんの腰を守り続けたクッションは、
今度は僕の腰を守り続けてくれている。

先生がいなくなって7回目の春…
今年もまた、桜の季節がやってきた。
2002-03-23 10:00 この記事だけ表示   |  コメント 2
八ヶ岳高原音楽祭95は
「秋の二重奏」というタイトルで開催され、
カナダからのエイトケン氏とグッドマン女史のフルートと
ハープデュオや、木村かおりさんと高橋アキさんのピアノ
デュオが企画されていた。
僕はピアニストのフェビアン・レザ・パネ君と
デュオコンサートを行った。
腰の痛みに耐えながら、僕はそれでも無心に、
……時間と音の流れを追っていった。

武満先生は、もうお酒こそお飲みにならなかったけれど、
相変わらず飄々とたたずんでおられ、抗癌剤の影響で
少々振らつく足下を健気にかばいながら、それらの演奏を
心からお楽しみになり、出来の宜しく無いものに対しては、
またいつも通りハッキリと明確な批評を下された。

彼は世界を代表する作曲家であったと同時に、
超一流の評論家でもあった。
最近新潮社から、先生の全執筆作品を全5巻程にまとめた
著作集が発売されている。
先生の文章はまるで明解、明確。
恐ろしく切れ味の良い日本刀のように、一点の曇りも無い。
読んでみると、恐い程に同調してしまう自分がそこに居る。
先日、初めてこの本を手に取りぱらぱらと捲っていたら、
僕が常日頃から他人に述べたり、
このmail cobaに叙述したりしているさまざまな発言に
酷似したことがそこここに書き記されており、
鳥肌が立つ思いをした。
まるで預言書でも読んでいるかのごとき強烈な
体験であった。
決して奢り高ぶりでは無く、
「僕はこの人にかなり近いタイプの人間」だと思う。
………あくまで『人間のタイプ』としての話しだ。
誤解無きように…。

そして…八ヶ岳高原音楽祭95はいよいよ最終日を迎えた。
実は、今回の音楽祭は僕にとって特別な意味を持っていた。
この日の為に、僕は密かに或ることを準備していた。

八ヶ岳高原音楽祭の最終日のフィナーレには、
毎回ナイトキャップと題された
自由なコンサートが催される。
音楽祭の出演者が何をやっても許されるコンサートだ。
僕には今回のナイトキャップで、
どうしても武満先生に聴いてほしい曲があった。

1985年からの数年間、僕は「攻撃的クラシック音楽」
などという、少々いきがった音楽追求をしていた。
これはクラシック音楽教育をベースに持つ演奏家の為の、
インプロヴィゼーションを追求する類いのものだった。
この、たまたま生まれたムーヴメントの為に、
僕は友人を募って幾つかのフォーメーションを作り、
それぞれの編成用にオリジナル曲を相当数書いた。
で、それを東京のライブハウスや海外でのコンサート、
音楽祭等で発表していった。
が、一曲最低20分はかかってしまうかなり難解な曲調の為、
国内でのウケはあまり芳しくなく、
ライブにも人は集まらなかった。
そんな訳で、必然的に僕はリアクションの良い海外での
演奏の機会を増やしていった…。
イタリア、ドイツ、スペイン、フランス、ポルトガル…
先進的なクラシック音楽ファンの多いこれらの国での
コンサートで、僕の曲は可成りウケまくり、
新聞や音楽誌でも高い評価記事が掲載されたりした。
しかし僕は、はたして彼らがどこまで僕の曲の価値を
理解してくれているのかを、いつも疑心暗鬼で見つめていた。
何故なら彼らの曲に対する感想や論評の殆どには、
僕が目指すところは汲み取られていなかったから。
(まあ、贅沢な悩みではあるが…。)
唯一心が通い合ったと感じたのは、20年来の友人、
パリのアコーディオン弾きリシャール・ガリアーノが、
フランスでの僕の演奏を聴いて、
「コバのやろうとしていることは俺には痛い程解るよ。
実に興味深い曲ばかりだった。フォームは違うけど、
正に俺自身が追求している世界だから。」
と言ってくれた時ぐらいだったろうか…。
それから数年後…
僕のメジャーデビュー第一作目「シチリアの月の下で」の
レコーディング最中に、たまたま来日していたリシャールが
スタジオに遊びに来てくれて、
「コバ、俺は君が前にやっていた、ああいう音楽の方が
断然好きだよ。」
とボソっと言ってのけたことをみても、
彼が自分の中の真実しか語らない男であることは
容易に察することができる。
本人のデビューアルバムのレコーディングでこう言った
苦言を吐ける男が、コンサートの感想に於いて
リップサービスをする筈が無い。
ありがとうリシャール。

そういう訳でその後90年代に入り、僕はもっと遥かに
ポップな路線内容でメジャーデビューを果たし、
その後の活動は公の知るところとなる。
が、あの当時の活動はある意味僕の原点であり、
それまでソロを主体として活動を続けてきた僕が、
初めて自分のユニットを持ち、その為にオリジナル曲を
書き始めた、いわば記念すべき瞬間であった。
coba、バンド解禁の瞬間!とでも言おうか…。

武満先生に僕がそういう時代に書いた曲を、
どうしても聴いてほしかった。

僕はこのナイトキャップでそれらの作品を演奏すべく、
自分のバッグの奥に当時の楽譜の幾つかを
密かに忍ばせていた…。
2002-03-20 10:00 この記事だけ表示   |  コメント 3
後悔しない為に…
アコーディオンを片手に、
僕は成田行きの飛行機に飛び乗った!
複雑な思いが交錯して、僕の気は…重かった。
理解して貰えたとはいえ、やっぱりライブに穴を
開けてしまうことには大きな後ろめたさが伴ったし、
別れ際のビョークの寂しそうな顔を
思い出すと、僕の胸は痛んだ。

悶々とした12時間のフライトで、更に事態は悪化した。
トイレに立とうとした瞬間、
腰に針で刺したような痛みが走った。
それまで過酷に繰り返された、激しいライブと
移動の連続で僕の腰への負担は限界点を超え始めていた。
重さ13キロの楽器を抱えてステージで
ビョークと一緒に暴れて、すぐさま飛行機や車で
何時間も同じ姿勢のまま移動させられる日々の連続で
腰に悪影響が来ない筈がない。
この飛行機の機内で僕の腰は悲鳴を上げ始め、
僕はそれまで体験したことの無い程に強力な腰痛を
こらえるのに必死だった。
色々な意味で忘れがたいフライトになった…。

12時間後……
げっそりと憔悴しきった有様で、僕とアコーディオンは、
成田にトボトボと降り立った。
腰の痛みはマックスに達して、
楽器も死ぬ程重く感じられた。
まるで地球の全重力が、
僕の八ヶ岳行きを邪魔しているかのようだった。

そんな時に限って悪魔が囁く。
『後悔しない事がそんなに意味のあることなのかい?
 ビョークはきっと怒ってるぜ…。
  帰っても、もうお前はクビかも…。
 そうだ!だいたい武満氏は入院中だろう。
お前が無理して参加しても果たして肝心な御本人が
会場に来られるかどうか…。だとしたら、
お前は一体何の為にわざわざ帰国したんだ?』

八ヶ岳までの車の中、妄想と腰痛で僕は吐き気を催し…
幾度となく車を止めて…嘔吐した。
もうまる2日間まったく寝ていなかった。
…とにかく最悪だった。
武満先生のお加減が宜しく無いことはいろいろな所から
聞いてはいたし、
はたして先生が音楽祭にお顔出し出来るのか否かは、
誰にも解らなかった…。
とても不安だった。
  
  
……が、
先生は病院からまんまと抜け出し…会場に現われた。
抗癌治療との格闘の後遺症を洒落た帽子で隠し、
ぱんぱんにむくんだお顔で、
でもごくにこやかに、ゆっくりと、静かに、
高原ロッジの渡り廊下を……歩いて来られた…。

「いようっ、元気?」

男、武満徹を慕う精一杯の思いだけを胸に
遠征先からから八ヶ岳に飛んできたアコーディオン弾きに、
彼は優しい笑顔と、さり気ないひとことを下さった。
相変わらずの飄々としたお姿ではあったが、
御自身もまた大変な思いをされて
病院を抜け出していらしたのであろうことは
容易に想像できた。
  
僕は腰の痛みも忘れて…言った。
「ああ、先生…あの……」
僕の言葉は言葉にならず、
果たして先生に届いたのかどうかも
わからなかった…。

が、
この武満先生の一言で、僕の苦労は完全に報われた。
自分を襲っていた悪夢が粉々に砕け散って行くのを感じた。
僕の選択は間違っていなかった。

僕はこっそり自分に呟いた。
「これで良かったんだ。
 アストルの時と同じ間違いをせずにすんだ…。」

人に共感することで、人は驚く程のパワーを発揮する。
腰に貼った温湿布の強い匂いで、
共演者達には散々嫌われたけれど…
僕は、それこそ振るい立って演奏した。

そして、八ヶ岳高原音楽祭95はいよいよ最終日を迎えた。
実は、今回の音楽祭は僕にとって特別な意味を持っていた。
この日の為に、僕は密かに或ることを準備していた。
2002-03-19 10:00 この記事だけ表示   |  コメント 0